明日は超ボーマス

04-24,2015

明日は、幕張メッセで行われるニコニコ超会議内での
超ボーマスに、ジェバンニPで参加してまいります。

新譜も全てリュックに積めました。

願わくば今年こそ腰を壊さずに済みますように……。

ボーマス内サークル位置は C-07です。
お立ち寄り下さいませ。

正午

04-23,2015

遠回りしたくなるようなよい天気のしたで
作り終えたばかりのアルバムを聞きながら
歩きました

星旅が気に入っています





04-23,2015

夜になりました。

だいぶボーマスの準備もできました。

今週末のニコニコ超会議 4/25 (土) 内での、
超ボーマス31 位置C-07 に、ジェバンニpで出ます。
新譜『Spring rain』を出します。
詳細はこちら→ジェバンニpのブログ

amahisaさんも出るようです。

良かったらどうぞ。

あと、25,26日と、超会議内自作ゲーム試遊展示 ブースで、
『混沌のルーシー』の試遊が展示されるようです。

そちらもお知らせ致します。

ひじ

04-21,2015

肘が炎症を起こしたようだ。

ずっとひりひりしていたい。

ネットで調べてみると、同じような症状を見つけた。

私の場合の原因はどうやら、キーボードを打つ時に肘が机の端の角に当たること、のようだ。

短時間ならとっても小さな負荷だけど、
それが毎日長時間続いたことで、生活習慣となって炎症に至ったようだ。

継続ってすごいね。

治す方法は、習慣を変えればいいらしい。

キーボードを打つ時は、肘が机に触れないくらいキーボードを手前に寄せることにしてみた。

キーボードが机の奥にあるのが好きだったんだけど、仕方ない。

ゴッドルーム

04-20,2015

睡眠不足が続いているよ。

ここ最近は朝から夜までパソコンの前に座りっぱなしで、

よく肘を突くせいなのか、左肘が痛く、
正座をするせいなのか、夜になると足の裏なども痛い。
そして、老眼のなりかけみたいな感じで、
スマホを覗いたりすると視界がぐらぐらとして意識したりする。

ご飯とお風呂の時間以外はずっと作業をしている。
するともう一日が何もない。
それでも、ばんばんを4時間くらいする。
するともう睡眠時間は限られてくる。
ばんばんをやめれば、もっと作業に時間を割けるに違いない。

楽しみは週に一度あるかないかの銭湯とご飯、
朝起きた時に窓の外を見ることや、
朝コンビにへ軽食を買いにいくこと、
時折窓の外の空の色を確認すること、
雨の音や子供の声が聞こえてくるのに気付くこと、
ふと見た時ベランダのコンクリートの上に雨あとの点描が生まれていることに気付くこと、
あとはひたすら自分の中にある何かを作業によって形造り、
それらが儚く形を成していくこと。

去年の暮れ辺りから、
20の頃のような感覚が濃くなる一方という不思議な現象があって、
そのせいで、こんな生活スタイルになっているのではと思っている。

それは孤独な感覚で、
今の感覚なら決して楽しいものではないが、
20の頃の感覚ならむしろそのことに自由すら感じてどこか活き活きとする。

今はもう20ではないから、その両方が共存して、
少し戸惑いながらその混在を眺めている。

そして没入していく感覚、
どんどん振り切って好きなだけ先へ進む感覚、
誰が遅れをとっているとか、誰が理解せず零れ落ちているとか、
そんな配慮に割くMPを使う必要がないことに、
驚きを感じる感覚。
当然ながら、それが孤独ということだろう。

だからその大量に余ったMPを、
自分の感覚の行き届く極北に全投入していく爽快なほどの感覚。
どこまでもいけるような気さえしてくる。
そして、誰もいないような先鋭化された世界で、
誰の共感も期待できない、というより、共感を考える必要のない空間で、
ただひたすら積み木を積む子供のように何かを形造る。

それが私の20の頃の感覚だった。

しかし、その頃の感覚に完全に逆行することは、
決して両手離しでは喜べない。
それが良いことなら、その後の20年近くが無駄だということになる。
20の頃の感覚から、少しずつ巣立ち、何かを探求し続けたのは、
それまでの状態が自分にとって不完全であると、当時の私が気付き、
そして、そのあとも長い時間をかけたのも、
そこにそれだけの価値があると分かっていたからに違いない。

そんなことを思うと、
今の素晴らしい作業にも疑念が生まれてくる。

最近作るものは、全て、去年以前よりも何倍も、
自分の望み通りのものを形作れている感覚がある。

仕方なくMPを節約し、削りに削り、最後に残った慰め程度のMPで、
極限られた僅かな時間で創作をしなければならなかった以前は、
本当それが辛かったが、
最近はその頃とは雲泥の差で、
作るもの全てに私の全てが投入され、反映され、私の分身のように具現化されてくれる。
だから私はそれを見て、心底満足する。
まるで20のようだと。
そしてそこに思い出したように今の私が現れ、20の頃と比較し、この20年近くを俯瞰し、
何かを見出している。

それが何かはまだ分からないが、
それが分かるまでは、まだこの張り詰めたような作業が続くだろうと思う。

さておき、
ポーンさんに、この"プレールーム"を見せてあげたい。
狭くて誰もいない質素な部屋だが、
私の意識・無意識の中に宿る全てが、
思うが侭に具現化されるゴッドルームだ。

ただ、この部屋に入れる人間は誰もいないし、
構築される創造物を外界の人間と分かち合うことも、
恐らくはかなり困難だろうと思われる。
(長らくそう思っていたが、実は意外にコンタクトできるということを、
 むしろ以前よりも効率的に必要な人間と分かち合えるということを
 昨年末に知ってそのことにも驚いたのだが、
 しかし一般的にはそれはやはり困難なことかもしれない) 
だが、そこに配慮する必要のない状態を持ち得るなら、
この部屋ほど完璧なものはないだろう。

ともあれ、
そういうわけで、今はこの完璧な作業に没頭する夢中な日々が続いている。